「コラム「はじめまして覚田義明です」30代の僕」の記事一覧

「コラム「はじめまして覚田義明です」30代の僕」の記事一覧

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ロードランナー(Lode Runner)を移植開発し100万本以上販売したシステムソフト社。日本初のマウス付パソコンNEC PC-100(1983年)と共に出荷されたゲーム『ロードランナー』は1週間で開発し2000万円で受注した。その開発秘話をインタビューした! 樺島正博物語1983年 樺島正博×覚田義明

ロードランナー(Lode Runner)を移植開発し100万本以上販売したシステムソフト社。日本初のマウス付パソコンNEC PC-100(1983年)と共に出荷されたゲーム『ロードランナー』は1週間で開発し2000万円で受注した。その開発秘話をインタビューした! 樺島正博物語1983年 樺島正博×覚田義明 ロードランナー(Lode Runner)を1983年システムソフト社で移植開発しNECのマウス付パソコンPC-100と共に出荷する。これが、ロードランナーの日本での (...)

システムソフト社設立秘話・ロードランナー、ミッドナイト・マジック、チョップリフター、大戦略、上海、天下統一、エアーコンバットなどを開発・販売。樺島正博物語1980年:樺島正博×覚田義明

システムソフト福岡を1979年に設立。コンピュターを販売していたシステムソフト福岡。NECの地域戦略において福岡という名前を付けていたが更にグローバルなビジネスを行う為に社名から福岡を取りシステムソフト販売という会社名に変更した。そして、コンピュターソフトを扱う専用の会社を新たに設立する。それが株式会社システムソフト(SystemSoft Corp.)である。ソフトウエアーの企画・開発・マーケティング・ローカライズ・移植開発・販売を行う。初期の代表作として『ロードランナー』 (...)

Adobe Illustrator、Photoshop日本語版を創った男。日本のデジタルデザインの功労者・樺島正博プロフィールインタビュー:樺島正博×覚田義明

Adobe Illustrator、Photoshop日本語版を創った男。日本のデジタルデザインの功労者・樺島正博プロフィールインタビュー:樺島正博×覚田義明 【まとめ】このプロフィールのインタビューの内容をまとめました。! システムソフト社の設立秘話 / 遊撃王(エアーコンバット)の開発・販売  / Shade (シェード)の開発・販売 / アップルコンピュターへのR&Dの提供 / 日本電気8800用の漢字ベーシックを開発・販売 / 1984年にAppleMa (...)

人類は菩薩か阿修羅か?

人間は何のために生まれてきたのでしょうか? 地球を守るためなのでしょうか? 地球を破壊するためなのでしょうか? 地球にとっての人間の役割とは何なのでしょうか?! 1997年1月。ロシアのタンカーナホトカ号が島根県沖で嵐のために沈没。 6000キロリットルを超える重油流出事故を引き起こしました。 海上に流れ出た重油は海岸に漂着し、環境及び生活に大きな打撃を 与えました。 すぐに、災害対策本部が設置され ヘリコプターや船による油処理剤の散布 油回収船やネットを使用した回収 (...)

なんにもしない

なんにもしていない。 なんにもする気がしない。 なんにもできなくて、ただ時間だけが過ぎていく。 テレビはついているけれど、見ていないし、音も聞こえない。 ベットの上で温かいお茶を飲みながら、本を開いている。 読もうとしてページをめくっているけれど何も入ってこない。 何だか静かに時間が流れている。 そんな時、何も進んでいないように思うけれど 実は、その時こそ、今まで自分が行ってきたことや経験してきたことが 混ざりあったり、熟成されているときがある。 悩んでいたことや (...)

賛反長短

僕は人の名前を覚えることが苦手だ。 また、漢字や英単語、歴史上の人物の名前、年号、公式も同じく苦手だ。 その文字の配列に意味がないので、記憶に留められないのだ。 たとえば、漢字の「帰」るという字は「リ」がついている。 その「リ」がどちらかにあったことは記憶にあっても それが右だったのか左だったのか思い出せない。 何の意味もないように思えるので覚えられないのだ。 そのように意味のない言葉の配列を、ただ記憶しなければいけないものは 僕にとって非常に困難だ。 だから、僕 (...)

シチュエーションが言わせたもの

友人の結婚パーティに行きました。 もともとは、こじんまりと誰かの家で鍋でもやろうというぐらいの ほんとに内輪のパーティの予定だったそうです。 けれど、いちおう会場を借りて、新郎新婦と本当に仲のいい 15名ぐらいの人たちが集まってパーティをすることになりました。 そこに僕も呼ばれました。 会場は、手作りで雛壇を作ったり マイクをセッティングしたりしてありました。 普通の披露宴ならば、主賓の挨拶、乾杯、友人代表のスピーチと 数人の言葉しか聞けませんが このパーティでは、出 (...)

このページの先頭へ